人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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万平ホテルの佐藤家

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2021/09/07 09:09

先日、所用で軽井沢に行った際、国の登録有形文化財にもなっている旧軽井沢の万平ホテルを訪れてみた。着いたのは昼過ぎ。カフェテラスは平日にも関わらず5組程が待っている状態で、いつもなら入るのも大変だろう。

万平ホテル・カフェのケーキ

万平ホテルを経営しているのは佐藤家。避暑地として人気の軽井沢はもともと中山道の宿場町で、旧軽井沢銀座が江戸時代の街道だった。佐藤家は戦国時代に武田信玄が信濃に侵攻してきた際に軽井沢に移り住み、中山道が整備されると本陣と問屋名主を兼ね、代々市右衛門を名乗っていた。明治維新後は軽井沢ホテルを創業、以来廃業するまで外国人や文人に利用された。

万平ホテルを経営しているのはこの佐藤家の分家である。江戸時代中期の明和元年(1764)に分家の万右衛門が亀屋と号して旅籠を開業したのが始まりで、軽井沢宿の脇本陣をつとめていた。

維新後、明治27年に初代万平は旅籠をホテルに改装して亀屋ホテルとして創業、29年には万平ホテルと改称した。昭和に入ると2代目万平は熱海や東京、名古屋にも進出して手広く経営したが、戦後は軽井沢のみの経営となり、夏にはジョン・レノンが宿泊していたことで知られている。

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