人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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馬絹という地名の由来

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2016/02/15 09:33

馬絹古墳

春を通り越して初夏のような陽気となった14日、馬絹(まぎぬ)というところに行ってみた。川崎市北部、矢倉沢往還(大山街道)沿いに古くからあった地名で、現在の川崎市宮前区の中央部一帯である。

地名の由来は、平安時代中期の平将門の乱で、平忠文・貞盛が興世王を討った際、耕地に落ちた興世王の乗馬の衣を里人が拾って熊野神と崇め祀ったことによるという。また、源頼朝が袖絹を松に掛けたことに由来するという言い伝えもある。この他にも馬の産地だった「牧」があり、「牧野」から「馬絹」に転じたという説もあるようだ。

しかし、実際には調に由来するものではないか。古代、税には「租庸調」という3種類があった。租は租税のことで稲で払い、庸は労役のこと。そして調は絹などの特産物で治める税金のことだ。

馬絹には7世紀中期頃に造られたとみられる馬絹古墳もある。この地には有力豪族がおり、馬に絹をのせて「調」として運んだことに由来する、とみるがどうだろうか。

馬絹神社(当時は女躰権現社)の前一帯を古くは宮ノ前といい、明治時代にここに村役場ができたことから宮前村といったのが今の宮前区の由来。

馬絹神社
馬絹神社

馬絹は古くからこの地域の中心だった。



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