厳しい経営環境において中小企業が生き残るには、ドラッカーの「生態的ニッチ戦略」を使って「非競争のニッチ市場」を確保すること──。長年にわたりドラッカー理論を研究し、その理論を用いて300社を超える中小企業の業績アップに貢献してきた藤屋伸二氏は「小さな会社にこそドラッカーの生態的ニッチ戦略を活用してほしい」と言います。その基本的な考え方を、藤屋氏の著者から紹介します。

※本稿は藤屋伸二『小さな会社は「ドラッカー戦略」で戦わずに生き残る』(日本実業出版社)の一部を抜粋・再編集して掲載したものです。


「生態的ニッチ」とは適所生存の戦略

「生態的ニッチ」とは、生物が占有できる適所・空間のことです。生物学では「ニッチ=すき間」という考え方はありません。生物学でいう「ニッチ」は、ある種の生物が生息できる最適な場所や空間のことです。そこには、大きなニッチと小さなニッチがあるだけです。

大きなニッチにはそこにふさわしい生物が生息し、小さなニッチにはそこにふさわしい生物が生息しています。そして、自分より強い生物が侵入してくると、新しいニッチを探して移動(ニッチシフト)します。それができなければ絶滅するだけです。

生物学的には、あるニッチには1つの種しか生息できません。そこですべての生物は、「棲(す)み分け」「食い分け」という方法でニッチを確保しようとします。

「棲み分け」は生息する場所を、単純に自分より強い生物や自分を捕食する生物とは違う場所にすることです。

たとえば、北アメリカのロッキー山脈の中腹(標高2000~3000メートル)の断崖絶壁に、シロイワヤギは生息しています。断崖絶壁ですから天敵であるコヨーテなどは上がってきません。冬はマイナス40度になることもありますが、シロイワヤギは密集した体毛が守ってくれます。食べ物も少ないのですが高山植物が生えており、生きていくには困りません。異種との競争がなく、捕食動物がいなくて食べ物はあるので、この環境が彼らにとって最高のニッチなのです。

もう1つの「食い分け」は、オーストラリアに生息するコアラがあてはまります。コアラは、毒素を含むのでほかの動物が食べないユーカリの葉を食べ、ついでにそこに棲みついています。

シロイワヤギもコアラも他種との争い(競争)には弱いのですが、生命力は強い動物です。何しろ、戦わないので負けることがないからです。

戦わずして生き残る

これをビジネスに置き換えると、「非競争の独占市場」になります。

事業戦略の本質は、「他社との違いを打ち出すこと」です。非競争の市場で事業を展開することを「生態的ニッチ戦略(占有できる市場を確保すること)」といいます。これをドラッカーは、名著『イノベーションと企業家精神』の「企業家戦略」の章で、文字通り「生態的ニッチ戦略」として紹介しています。

本書で事例として紹介する小さな会社も、「生態的ニッチ戦略」で競争しなくてもよい市場を見つけ出したり、つくり出したりすることで、ドラッカーが「生態的ニッチ戦略」のゴールとして述べているように「優雅」に暮らしています。

世界一の小売業であるウォルマートの創業者サム・ウォルトンが残した言葉に、「他社より多く売るにはすべて小さく考えよ」というものがあります。

当時、ショッピングセンターは商圏人口が10万人以上でなければ成り立たないといわれていました。その状況のなかで、サム・ウォルトンは数千人の商圏人口のところでショッピングセンターを展開し出したのです。

もちろん、人口10万人の商圏よりも、人口数千人の商圏を積み上げたほうが市場としては大きくなります。つまり、小さな市場で成り立つビジネスモデル(儲かる仕組み)を考えたことで、ウォルマートは世界一の小売業になれたのです。

「生態的ニッチ(生息場所)」で説明したように、生物の世界では、大きなニッチと小さなニッチがあるだけです。サム・ウォルトンは小さなニッチ市場でNo.1になり、その数を増やしていけば(マルチニッチ)、大きなニッチのNo.2企業(マルチプル・ニッチャー)になれると信じていたのでしょう。

私はサム・ウォルトンの言葉をもじって、「他社より高く売るには、すべてを小さく考えよ」としています。小さな会社のみなさんに非競争の経営環境で、「優雅な経営」をしていただきたいからです。

図2、図3、図4は、それぞれ「生態的ニッチ戦略」の要素をまとめたものです。

『小さな会社は「ドラッカー戦略」で生き残る』23pより)

図2は、事業の前提になる3つの要素(事業環境・事業目的・自社の強み)の関係を表しています。これら3つの要素に対するそれぞれの認識が、現実に合致していないと事業戦略は機能しません。また、3つの要素が相互に合致しないと、やはり事業戦略として機能しません。

図3は、事業戦略の3つの要素(市場・商品と提供方法・流通チャネルとメッセージ発信)の関係性を表しています。3つの要素の関係は、図2と同じです。

図4は、競争と非競争の関係を表したものです。あるお客様ニーズに対して、自社だけでなく他社も同じように対応していれば熾烈な競争環境のレッドオーシャン(競争市場)になります。しかし、自社だけしか対応していなければ非競争のブルーオーシャン(非競争市場)になります。


書籍情報

タイトル:小さな会社は「ドラッカー戦略」で戦わずに生き残る
著者:藤屋伸二
判型:四六判/並製
ISBN:978-4-534-05839-3
定価:1,760円(税込)

著者プロフィール

藤屋伸二 (ふじや しんじ)
藤屋ニッチ戦略研究所株式会社代表取締役。1956年生まれ。1996年経営コンサルタントとして創業。1998年に大学院に入り、「マネジメントの父」といわれているドラッカーの研究をはじめる。現在は、ドラッカーの「生態的ニッチ戦略」に基づき、中小企業を対象にしたコンサルティング、経営塾にて300社以上の業績伸長やV字回復を支援。著書・監修書には『図解で学ぶドラッカー入門』(日本能率協会マネジメントセンター)、『ドラッカーに学ぶ「ニッチ戦略」の教科書』(ダイレクト出版)、『まんがと図解でわかるドラッカー』『まんがでわかるドラッカーのリーダーシップ論』(以上、宝島社)など30冊以上あり、累計発行部数(電子版・海外版を含む)は244万部を超える。