人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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こどもの国と陸軍弾薬庫

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2006/12/18 10:43

 16日、師走とは思えない陽気に誘われて、横浜市にあるこどもの国にでかけてきた。


 こどもの国は、横浜市と東京都町田市にまたがる丘陵地帯に広がる広大な遊園地(公園?)で、遊具あり、スケート場あり、牧場あり、という子どもにはもってこいの場所だ。中央広場前には巨大なリースがかけられ、記念撮影をする人達が絶えない。


 ところで、このこどもの国、もとは陸軍の弾薬庫だったということを知る人は少ない。戦前、神奈川県相模原市は、“軍都”ともよばれた陸軍の町で、ここからほど近い丘陵の一部に弾薬の保管施設を作った。それが、東京陸軍兵器補給廠田奈部隊同装薬所(通称・田奈弾薬庫)である。
 現在、電車で訪れる際には、東急田園都市線とJR横浜線の長津田駅から、こどもの国線で行くが、この線は弾薬を運ぶための国鉄横浜線からの引き込み線が母体となっている。危険物を運ぶため、複雑な地形にもかかわらず、全体的に緩いカーブで造られたという。
 戦後、ここは米軍に接収されて、引き続き在日米軍の火薬廠として使用された。のちに弾薬庫は逗子市の池子に移されて使われなくなり、昭和36年に返還された。その後、公園としての整備を進め、40年の5月5日に「こどもの国」として開園したものだ。
 整備の際に弾薬庫の多くは埋められたが、園内を歩くと道の脇に、蓋をされた横穴がいくつかあるのに気がつく。


一見、ただの貯蔵庫のようにみえるが、これが弾薬庫の遺構である。実は、入口ゲート近くの薄暗いトンネルも、弾薬を運んだ引き込み線の遺構なのだ。
 さらに、入口近くにある、学徒動員された神奈川高等女学校の有志の建てた「平和の碑」もかつて陸軍の施設であったことを物語っている。
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