人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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天桂寺と杉並区の由来

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2013/11/19 11:02

今川一族の墓地のある観泉寺から南下すると広い通りに出る。これが青梅街道で、ここから東の方に向かい、JR荻窪駅を通り過ぎてさらに歩くと、地下鉄丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅の近くに天桂寺という寺がある。ここには旗本岡部一族の墓地がある。


天桂寺


岡部一族の墓

天桂寺は桃山時代の慶長年間(1596〜1614)に建てられたという曹洞宗の寺院。戦国大名小田原北条氏の家臣だった岡部忠吉が、同氏の祖岡部六弥太忠澄を勧請して一庵を建てたのが始まりという。岡部忠澄は源平時代に活躍した武将で、源義経に従って平家追討に加わった。とくに一の谷合戦で、鉄漿(おはぐろ)をぬっていたことから平忠度を見破り討ちとった話は「平家物語」などでも有名。

岡部氏は武蔵国榛沢郡岡部(埼玉県深谷市)をルーツとし、武蔵七党の一つ猪俣党に属した氏族。以後、代々武蔵の在地武士として続き、戦国時代には北条氏の家臣となっていた。北条氏の滅亡後は徳川家康に仕え、江戸時代は旗本となってこの付近を知行していた。

岡部氏はのちに領内を通る青梅街道に杉並木を植えた。ここから杉並という地名が生まれ、現在の杉並区になったという。
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