人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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豪徳寺とひこにゃん

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2012/12/03 10:19

さて、吉良氏の世田谷城は、かつてはかなり広大な城であったらしい。戦の時には現在の城址に拠ったが、平時に住んでいた居館は、城の北方200mほどのところにあった。今の豪徳寺である。

豪徳寺は、江戸時代初期に彦根藩主の井伊直孝が伽藍を創建して整備したもので、この井伊直孝と豪徳寺には面白い話がある。

井伊直孝が鷹狩りの帰りに、当時は荒れていた豪徳寺の前を通りかかったところ、門の前で手招きするような猫がいたことから、その仕草に惹かれて門内に入って休憩した。すると雷雨となって難を逃れたうえ、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に豪徳寺に多額の寄進をして整備したうえ、井伊家の御菩提所としたという。



豪徳寺


豪徳寺では、この猫を「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、境内に縁起物として祭ったのが招き猫の始まりという(異説もある)。ちなみに、この招福猫児は境内の招福殿で、ミニサイズから特大まで各種販売されている。



豪徳寺のまねきねこ


地方の人気ゆるキャラの元祖でもある滋賀県彦根の「ひこにゃん」は、この豪徳寺の招き猫がモデルで、「赤備え」と呼ばれた井伊軍団の赤い兜をかぶったもの。

豪徳寺には井伊家の墓地もあり、桜田門外の変で暗殺された、大老井伊直弼の墓もあった。



井伊直弼の墓
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