人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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橘樹郡と橘樹神社

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2012/02/07 15:05

5日、川崎市の橘樹神社に行ってきた。かつて、武蔵国橘樹郡の総社だった神社である。



橘樹神社


山岡鉄舟の碑文


武蔵国というと、今の東京都と埼玉県を合わせた地域、と思っている人が多いが、実は神奈川県川崎市や横浜市の北部も武蔵国の一部だった。現在、川崎市を縦貫して通っているJR線が「南武線」であるのも、川崎市がかつて武蔵国に属していたことから「武蔵南部=南武」に由来している。

そして、今の川崎市域は武蔵国橘樹郡であった。この地名は「たちばな」と読む。本来、「橘」だけで「たちばな」と読むから、「橘樹」は「樹」という漢字が1字余分なのだ。

こうした余分の漢字がついたのには理由がある。奈良時代始めの和銅6年(713)、朝廷の出した和銅官命によって、地名は漢字2文字にすることに決まった。そのため、それまで3文字だった地名は1字削り、1文字だった地名は1字足して2文字にした。

橘樹郡も本来は橘郡だったはずだ。しかし、2文字にするために「樹」の漢字を足して「橘樹」とし、読み方はそのまま「たちばな」としたものだ。

こうした地名の変更は全国各地で行われている。たとえば、紀伊国という国名も、本来の「紀国(きのくに)」に「伊」を足して「紀伊国」としたものである。

現在では、「橘樹」という地名は残っておらず、あるのは橘樹神社くらいだ。橘樹神社は古代に橘樹郡の郡衙(郡の役所)があったところともいわれ、かなり古い由緒を持つ神社だが、現在は住宅地の中にひっそりと建っている。
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