人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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八百長の語源

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2011/02/07 11:05

大相撲が揺れている。

過去に何度も八百長疑惑が出ながらも、その都度、事実無根であるとしてはねつけてきた角界だったが、ついに警察に押収された力士のケイタイに残っていたメールから八百長の事実が濃厚になった。

すでに関与を認めた力士も複数出ているといい、春場所の中止が決定。巡業も中止が決まり、今後もいつになったら正常化されるかの見通しも立っていない。

ところで、この「八百長」という言葉の語源をご存じだろうか。

八百長とは、実在した人物の名前に由来している。明治初期、角界に出入りしていた八百屋の長兵衛、通称「八百長」という人物がいた。長兵衛は年寄伊勢ノ海五太夫と碁仲間だったが、商売のことを考えて、勝負ではいつも1勝1敗になるように手加減していた。

しかし、ある日回向院近くの碁会所の来賓としてして訪れた20世本因坊秀元と差した際に本気を出して勝負したことでその実力がばれ、以後わざと実力を出さないことを“八百長”と呼ぶようになったのだという。

この伊勢ノ海五太夫だが、一般的には初代とされているが、飯田昭一編「史料集成 江戸時代相撲名鑑」(日外アソシエーツ)をみると、初代は安永3年7月9日(1774年)没とあり、八百長の話とは時代が合わない。3代目伊勢ノ海五太夫(元柏戸)だとすると本因坊秀元とも時代が合いそうだ。

いずれにせよ、“八百長”という言葉は、そもそも角界から生まれた言葉なのだ。
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