日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/03/03 10:38

初夏の関宿を訪れた翌々日、JR東日本のキャンパスで降りた仙台は冷たい雨の降る冬の日だった。14日前までに購入するのが条件のため、天候はわからずそこは運次第となる。
仙台市博物館で『仙台市史 通史篇 古代・中世』を購入したり、島川美術館で高橋由一や速水御舟、鴨居玲などの作品を鑑賞した後、地下鉄南北線で八乙女駅を訪れた。「八乙女」という珍しい地名は、中世ここに居を構えていた八乙女氏に由来するという。地名と人名は地名が先のことが多いが、ここは人名から地名になったとのこと。
八乙女駅の駅前から北に延びる道は奥州街道である。といっても、往時の面影はほぼない。駅から10分ほど歩いたところの実相寺に寺坂吉右衛門の墓所があった。寺坂吉右衛門は赤穂47士のうち唯一生き残った人物で、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の寺岡平右衛門のモデル。



47人のうち唯一の足軽(他の46人は士分)であったことから、かつては討ち入り後逃げたとされていたが、近年では大石良雄の命で広島の浅野家などに書簡を届けるために討ち入り直後に離脱したと言われることが多い。
寺坂吉右衛門は討ち入り後も40年以上生存し、延享4年(1747)に病死して江戸・麻布の曹渓寺に葬られた。ところが、吉右衛門の墓は各地にある。そのうちの1つが仙台実相寺のもので、寛保2年(1742)にこの地で死去した理海坊が吉右衛門だったといわれている。他にも、静岡県や滋賀県にも吉右衛門の墓がある。