人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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文武両道の三島弥彦

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2019/01/21 16:03

(画像は『いだてん』公式サイトよりキャプチャ)

「いだてん」第3回では、東京の三島家が大きく取り上げられた。明治のイメージを破壊する破天荒な天狗倶楽部の主要メンバーでありながら豪邸に住んでいるという、まるで漫画の主人公のように描かれている三島弥彦だが、三島家は正真正銘の上流階級であった。

弥彦の父通庸は旧薩摩藩士で、西郷隆盛らとともに討幕運動に活躍した精忠組の一員。明治維新後は各地の県令や警視総監を歴任し、明治20年には子爵を授けられている。その長男弥太郎は、横浜正金銀行頭取や日銀総裁を歴任し、貴族院議員でもあった。

弥彦は通庸の三男で、学習院では野球部のエース、東大でも柔道や陸上に活躍するという、まさに文武両道の学生だった。そもそもこの時代、旧制高等学校や帝国大学に進学できるのは経済的に余裕のあるごく一部のエリートであり、そこでスポーツを楽しむことができるのはある程度の特権階級に属している人が多かった。

天狗倶楽部の面々が興じている野球も、東京帝大や旧制一高で盛んになり、その学生が帰郷することで地方に広がっていったという経緯がある。明治のスポーツはエリートが牽引していたのだ。

とはいえ、弥彦が正真正銘の文武両道であったことは間違いない。しかし、帝大卒業後はスポーツの一線から退いただけではなく、戦後まで存命だったにもかかわらずマスコミにはほとんど登場しなかったため、このドラマが始まるまでは知らなかったという人が多いのではないだろうか。

ちなみに、兄弥太郎の長男、通陽はボーイスカウト運動を日本に広めた人物として知られている。

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