―なるほど。「勇気を持って戦うこと」「相手の面前で弱気を出さないこと」「あわてないこと」「落ち着くこと」。これらは多くの人に知っていただきたい心構えですね。そんな挑戦を長年続けてこられた加藤先生が、連日のテレビや新聞でのご活躍のように、引退してからも新しいことに次々と挑戦されていることに、頭が下がります。

ありがたいことに、毎日テレビ局をはしごしたり、講演会やイベントに呼んでいただいたりして、実は現役時代より忙しくなっています。

さらに、古坂大魔王先生に歌を作っていただいて歌手として活動するなど、新しいことにも次々と挑戦しています。今までとまったく異なった環境の中でも、新しい挑戦を続けていくにはどうするのか、私なりの考えを本に書かせていただきました。

私の現役棋士としての挑戦は終わりましたが、まだまだやりたいこともたくさんあり、将棋の普及や人生に対する挑戦は終わっていません。一生をかけて、これからも挑戦をし続けていきたいと思っています。

―ご著書の中では、ご家族とのエピソードなどもかなり書かれたそうですね。

私の家族については、結構踏み込んで書きました。

私が長年、元気いっぱいで盤上に没頭し、また今でも人生に挑戦し続けられているのは、私を支えてくれる家族のおかげです。素晴らしい妻に出会い、4人の子どもにも恵まれ、暖かい家庭生活を送れる私は本当に幸せだといつも神様に感謝しています。

旧約聖書には、「長年苦楽を共にしてきて、連れ添ってくれた妻に対して、公に感謝の意を表するのがよろしい」と書いてあります。長い人生を共に歩んでくれた夫や妻に、公に感謝する習慣は日本にはないかもしれませんが、チャンスがあれば是非気持ちを伝えてみてください。聖書の中では、それがすべてだとも言われています。

ある時妻が「どんな時も、あなたは棋士だからいい将棋を指さないといけない」と言ってくれました。妻がそういう風に励ましてくれたから、「それなら名人になることを目標にしよう」と思って、戦ってこられたのです。勝ったり負けたりの勝負人生でしたので、私が「今日は負けた」と言った声を聴いた瞬間に、妻は「次はがんばろうと思った」と言っていました。これが私には大きな救いでした。私には精いっぱい戦って負けたときに、「次にがんばろう」という気持ちはなく、単に「負けた」と思って帰ってくることが多かったのです。

妻も職人気質ですからどんな時も手抜きをしないで、私がよい将棋を指せるよう一緒にやってくれたし、前向きに明るく勤勉に共に人生を歩んでくれて深く感謝しています。

―加藤先生のご活躍は奥様あってのことなのですね。

最近こそ控えていますが、妻は対局の前の日の勝負飯として長年、必ずステーキを焼いてくれました。

また今でも私のスーツやネクタイは妻がすべて決めてくれています、テレビ局に行くと「今日の服装はどなたが選んでくれたのですか?」とよく聞かれますので「妻が選んでくれました」と申し上げています。テレビですから、同じ服装を視聴者に見せないように気を付けてくれているのですね。

―素晴らしいですね。最後に読者にお伝えしたいことはありますか?

長年挑戦を続けてきた私は、2017年6月20日を最後の対局として引退しました。引退が決まった対局には大勢の報道陣が詰めかけ、かなり大きく報道していただいたので、ご存知の方も多いでしょう。当時の報道では、私のふるまいに対するたくさんの疑問が挙げられていたそうです。

  • なぜ私が、最後の対局の直前に、マスコミ各社にFAXを送り「記者会見はしない」と宣言したのか。
  • なぜ私が、最後の対局の終了後、感想戦も記者の質問に一言答えることもせず、自宅に直行したのか。
  • なぜ将棋界の最高位である「名人」まで取った私が、一番下のリーグ戦(C級2組)に落ちるまで戦い続け、それ以上対局できなくなるまで、勝負をし続けたのか。
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こうしたご質問に答えるところから本書は始まりますので、是非読んでみてください。

さらに、将棋のことが全く分からない方でもお気軽に手に取っていただけるような工夫も凝らしました。なるべく専門用語を使わず分かりやすい図で、私の過去の妙手を解説しています。

この本を読んでいただいて、少しでも将棋に興味を持っていただけると非常にうれしく思います。今まで本に書いていないエピソードもたくさん入れていますので、是非お楽しみください。

―ありがとうございました。



加藤一二三(かとう ひふみ)

1940年1月1日福岡県嘉麻市生まれ。将棋棋士。九段。第40期名人。仙台白百合女子大学客員教授。
2017年6月20日、77歳で引退した現役最年長棋士(当時)。現役期間は最長不倒の63年。1954年、14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となる。この記録は藤井四段に破られるまでは62年間ずっと破られていなかった。元祖天才中学生棋士。「神武以来(このかた)の天才」と呼ばれる。居飛車の本格派として妥協のない棋風に特徴がある。1958年、史上最速でプロ棋士最高峰のA級八段に昇段。1982年、名人位に就く。タイトル獲得は名人1期、棋王2期など通算8期、棋戦優勝23回。公式戦対局数は2505局で歴代1位。勝ち数は大山康晴十五世名人、羽生善治二冠(2017年9月現在)に続いて1324勝で3位、負け数は1180敗で歴代1位(残り1局は持将棋=引き分け)。
敬虔なキリスト教信者(カトリック)としても知られ、1986年、ローマ法王から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を受章。2000年、紫綬褒章を受章。バラエティ番組にも出演し、「ひふみん」の愛称でお茶の間の人気者になっている。2017年9月、アーティスト名大天才ひふみんとして「ひふみんアイ」で歌手デビューを果たした。