脳が勝手にイメージを作りあげてしまう

個人レベルの固着の例をひとつ紹介しましょう。しばらくの間、次に示した直角に折れ曲がった3本の線をじっと見つめてください。この3本の線であらわされるものは、どこでも目にするありふれたものです。いったいなんでしょうか?

階段の一部? それともベンチ?
3本の線は何に見えるだろうか(96ページ)

もし答えがわからないとしたら、それはこの図に重要な情報が欠けているからです。しかし、ひとたびその情報を知ると、知るまえと同じような目でこの3本の線を見ることはできなくなるでしょう。

その情報とは、「線は影である」という情報です。3本の黒い線は、あるアルファベットの大文字がつくる影なのです。ということは、その文字は白い部分に存在することになります。もう一度3本の線を見てください。

「大文字のE」が見えたでしょうか。そのEを描いたのはほかの何者でもなく、あなた自身の脳です。「線は影である」という情報が加わったとたん、脳は既知のパターンを呼び起こすことができ、Eを認識したのです。

さて、話はここからです。いまからこの線を見て、Eを見ないようにすることができますか? ほとんどの人には不可能でしょう。ほんの一瞬はうまくいったとしても、どうしても白い空間にEが浮かび上がってくるはずです。この3本の線について、脳はすでに認識をパターン化してしまった。これが、固着のなせるわざです。

ひとたび情報を与えると、脳はイメージを作り出す。そこには口を挟む余地はあまりない。不完全なEが新たな形を獲得して独り歩きし、それは決して消えることがないのである。(97ページ)

解決策:反転

固着を解決する方法はあるのでしょうか。メイ氏によれば、彼が「反転」と呼んでいる手法が有効だそうです。それは「独自の新たなレンズで物事を見るように思考を180度転換して、神経細胞の新たな結びつきを促し、新たな神経伝達回路を効果的に形成する」ことです。

「神経細胞? 伝達回路? そんなことが意図的にできるのか……?」と思うかもしれませんが、これは神経科学の分野で十分に効果が証明されている方法です。

たとえば、神経科学者のジェフリー・シュワルツ博士は、強迫性障害に苦しむ人たちを支援するために、彼らの固着した考え方を「反転」させる方法として、「新たな名前をつける」「捉え直す」「焦点を再び合わせる」「再評価する」という4つのステップを採用し効果をあげています。

また、メイ氏は難しい科学用語を抜きにして、反転のテクニックについてこう述べています。

その核心は、固定的な現在の枠組みからの転換、すなわち常識をひっくり返して従来とは異なる新たな考え方を見出すことにある。(103ページ)

メイ氏が関わった企業で効果をあげた、「反転」の事例を2つあげましょう。

事例1.組織の文化を変革する

・ある企業は、凝り固まった組織文化を変革したいと考えていた
・プロジェクトのメンバーは、組織内のさまざまなアンタッチャブルな要素、ノルマ、手続き、規則、慣習などをリストアップした
・次に、それらの要素を正反対のものを考えた。例えば「毎日オフィスに出勤しなければならない」という要素は「毎日オフィスに出勤する必要はない」に変わった。そのようにして、多くの変革がスタートした
・一つひとつの変革を実行するうち、それまでとは正反対である「完全に結果を重視する職場環境」という、新しい組織文化を志向するようになっていった 

事例2.会社の死亡記事を書く

・不動産ブームが最高潮だったリーマンショックの直前、ある不動産開発会社の経営ビジョン策定に関する演習において。当時は、危機の兆候など少しも感じられなかった
・メイ氏の出題は、会社の「死亡記事」を書かせるというもの。「死亡記事」を書くにあたり、会社を終わらせることになる大きな苦難や試練、会社の弱点や失敗をリストアップさせた
・演習の参加者は、リストにあげられた個々の項目が持つ潜在的なインパクトに応じて、それらが実際に起こらないようにするための戦略を立てた
・結果的に、この不動産開発会社はリーマンショックを乗り切った。その要因をCEOは「この演習のおかげだ」と断言している

思考の致命的な欠陥である「固着」を解決する「反転」は、以上のように、取り組んでいる問題についての標準とされる状態や決定的な特徴、特性をひっくり返して、新たな枠組みや視点を獲得するプロセスです。解決すべき問題がありながら画期的な方策が見出せないとき、こうしたプロセスを試してみると新たな発想が出てくるかもしれません。

いや、問題が起こってからでは遅いかもしれません。「会社の死亡記事」のように、問題が顕在化するまえに、思考の固着を防ぐトレーニングをしておいたほうが良さそうです。冒頭に掲載した「双子問題」を覚えていますか? 

正解は、

双子ではなく三つ子(あるいは四つ子、五つ子、六つ子)の中の2人だから

でした。自分の思考の「固着」が気になった読者は、本書を手に取ってみてください。ほかの6つの「思考の欠陥」も、あなたの脳に刺激を与えてくれるでしょう。