「安全だけど安心ではない」「科学が風評に負けるのは国辱」――築地・豊洲両市場の問題について、新旧都知事からこうした言葉が飛び出たように、近年の社会問題では「直感や感情など、主観に基づいた主張」と「データや科学的知見に基づいた客観的事実」の対立が尾を引き、周囲を巻き込む構造がよく見られる。

客観的事実に誤りがある場合は、別のデータや知見をもとに反論できるが、主観に対して反論するのは容易ではないし、したとしても不毛な結果に終わることが多い。

このような扱いの難しい「直感主義者」はマジック・ワードを使いたがる。マジック・ワードとは「一見意味がありそうだが、よくよく考えると何の解決にも寄与しない空疎な言葉」であり、都知事が連発した「総合的判断」がそれにあたると批判されたことは記憶に新しい。

マジック・ワードを使ってしまう人の心理については、書籍『その言葉だと何も言っていないのと同じです!』(吉岡友治著)に詳しい。同書ではこうした人々を「直感を信じすぎる人々」「いつも正しいことを言いたがる人々」「そして何も考えなくなった人々」と3種類に分類し、分析している。

自分が同類にならないためにも、そうした人々の思考プロセスを知っておいて損はないだろう。そこで「マジック・ワードを使ってしまう人の頭の中」を数回にわたってみてみよう。

※本記事は同書から一部編集のうえ、転載したものです。

【「直感を信じすぎる人々」の傾向と症状】

  • 自分の「感じ」だけを重視する
  • 雰囲気・イメージだけで根拠がない
  • 感情をかき立ててごまかす
  • ひとりよがりで他人を思いやらない
  • 一貫性がなく、ポジション・トークをする

直感は説明なしに伝わるか?

マジック・ワードを使いたがる人々は、たいてい直感主義者だ。直感とは、介在物なしに直に感じるという意味だ。

たとえば「この花はキレイだ」と私が感じたとしよう。もしかすると、他人は「派手すぎる」とか「ケバイ」とか感じるかもしれない。しかし、他ならぬ「私」が、何の干渉も介在もなしに「キレイ」と感じたのだから、他人が何と言おうと関係はない。素直に「キレイ」と感じていていい。

強く感じていれば、人に伝えるのも簡単だ。いちいち説明せず「キレイ」と言えばそれで伝わる。わからなかったら「キレイ!」と叫ぶ。叫んでもダメだったら「超キレイ!」と強める。もちろん、「どこがキレイなの?」と問われても、「ぜんぶ!」と答える。「キレイ!」は全体の印象なのだから、細切れにするとわからなくなるからだ。

「感動」は心から心へと直に伝わる。いちいち問いかけやツッコミに反応して説明を加えたりしたら、かえってゆがむ。だから、感覚や感情をそのままぶつけろ。言葉なんか工夫するな! 叫べ! 吠えろ! 跳べ! ……何だか、どこかのロック・ミュージシャンが言いそうな言葉になってきた。

素直な表現は伝わるか?

ただ、ミュージシャンはそう言いながらも、そういう「一体化」の瞬間をつくるべく、骨身を削って工夫している。心に響く詞や曲を作る。パワフルに演奏する。奇抜な服や髪型で目を引く。格好よくダンスをする。カラフルなライトをあてる。花火を打ち上げる。そんな派手な演出のなかで、興奮と一体感が醸成される。ステージに上がれば「自然に」一体感が出てくるというほど簡単なものではない。

本来は、言葉も同じことだろう。叫んで吠えるだけでは、その人が、何にどのように感じているのかよくわからない。「以心伝心」と言うが、「自分の感じ」は他人にはそのまま伝わらない。言葉にしても動作にしても、相手に何らかの形で感じられるような形に置き換えなければならないのだ。