「鈍」を極めることで、愛されキャラに

人間は大別すると、「敏タイプ」か「鈍タイプ」に分けられます。

努力なしに容易にすべてを把握する、一を聞いて十を知る「敏タイプ」が天才や成功者だとすれば、十を聞いてやっと一を知り、二歩も三歩も遅い「鈍タイプ」は対極のものと想像するかもしれません。しかし実は、天才と言われる人は、「敏」と共に誰もが根を上げるような地道な仕事も厭わずに、夢中になってやってのける「鈍」も持ち合わせているものなのだとか。

談慶さんの師匠・談志は天才といわれるだけあって、私生活でも芸においても、鋭利なセンスで才気豊かな、いかにも「敏」な性質があったそうです。その一方で、若いころからスクラップブックに資料を集め、恐ろしく地味な研究をし続け、日々の地道な積み上げを目標としていたなど、愚直で「鈍」な部分も持ち合わせていたとか。

与太郎は完全に「鈍タイプ」。周りのアドバイスを真面目にうけとり、不器用ながらひたすら行動します。それは直接的な成功にはつながらないことのほうが多いかもしれません。

しかし、鈍を突き詰めれば、将棋の駒が「歩」から「と金」になるように、「鈍」という字の「金へん」が「糸へん」に変わって「純」になるのです。そんな与太郎の「純粋さ」が長屋のみんなを惹きつけます。結果として、与太郎が困ったり、間違った行動をしていると、叱咤激励しつつ、手を差しのべてしまうのです。

天才が「敏」と「鈍」を兼ね備えるとしたら、私たち鈍才は与太郎を見習って、「鈍」から「純」へと極めてみるのはいかがでしょう? そこには今まで見えなかった世界が広がっていることでしょう。

プラス思考ではなく、ニュートラル思考へ

仕事でも私生活でも、日々悩みがつきないのが現代のわたしたちです。そのため、一時書店で「悩まない生き方」といったタイトルの書籍がたくさん並んだように、「プラス思考」を身につけようとする人は少なくありません。

しかし、このプラス思考が行き過ぎてしまうことのデメリットもあります。それは、立ち向かうべき問題や悩みを覆い隠してしまうこと。つまり「プラスかマイナスか2つに1つ」という二元論的な考え方は危険をはらんでいるのです。

落語の中で、与太郎が落ち込んだり悩んだりする場面はほとんどありません。けれど決してプラス思考というわけでもなく、周りにも「○○しなければならない」を押し付けない。その意味では、与太郎の存在は、プラス思考でもマイナス思考でもない、「ニュートラル思考」を表しているようにみえます。

ニュートラル思考というのは「善と悪」「勝ち負け」「強者と弱者」といった、二元論の考えを否定するものです。確かに二元論はわかりやすく効率的ですが、みなが勝ち組に入れるわけではありません。

与太郎が生きる落語の世界は、現代人が追い求める二元論的価値観とは真逆なものでできており、むしろ「正よりも邪、優より劣、勝ちより負け」がメインとなっています。実際に与太郎を始めとする落語の登場人物は、人間臭く、だらしない、けれど憎めない人たちが、二元論にとらわれることなく、生き生きと暮らしています。

だからこそ、窮屈な二元論で追い立てられている現代人は、落語を聴いていると、このうえない安らぎを感じるのかもしれません。「優か劣か」ではなく「優も劣も」、「勝つか負けるか」ではなく「勝ちも負けも」という「ニュートラルな視点」をもつことで、もっと楽な生き方ができるのです。

与太郎は、ちょっと間抜けですが、ひょっとすると私たちが理想とする人生を送っているのかもしれませんね。今夜も、どこかの街で落語会が開かれています。悩み多き現代人のみなさん、「なんだか疲れたな……」という日があれば、ぜひ落語の世界の住人に会いにいってみてはいかがでしょう。

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紀伊國屋書店新宿本店にて、立川談慶さんの新刊『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか~落語に学ぶ「弱くても勝てる」人生の作法~』刊行記念 落語&トーク&サイン会が開催されます!!

立川流真打ちの談慶師匠が、与太郎噺の代表的演目「金明竹」を披露したうえで、新刊にまつわる裏エピソードを、お越しの方だけにこっそりお教えいたします。なぜ与太郎は賢い人よりモテたり成功したりするのか――。その謎解きをする気持ちで、落語の世界をお楽しみください。

日  時|2017年5月31日(水) 18:45開場 19:00開演 
会  場|紀伊國屋書店新宿本店8階 イベントスペース
参加方法|参加には整理券(先着40名)が必要です。
参加方法の詳細はこちらから