ここ数か月の間、2019年7月30~31日にかけてワシントンで行われているFOMC(米連邦公開市場委員会)で利下げを決定するかどうかに、市場の注目が集まっています。トランプ米大統領も下記のようにツイートを行っており、利下げ実施への圧力を強めています(19/8/1追記:そして、10年半ぶりとなる政策金利0.25%の利下げが決定されました)。

一方、日本も景気回復の手段として2016年9月に「長短金利操作付き緩和(イールドカーブ・コントロール、YCC)」を導入しました。しかし、債券・金利の話題は株や為替ほど身近ではないためか、あまりピンとこない人も多いでしょう。

そこで、債券価格と金利の関係やYCCの導入目的、そしてトランプ大統領が利下げにこだわる理由を交えた「実体経済への影響の基礎知識」を解説します。

そもそも「債券」とはなにか

金利やイールドカーブ・コントロールの説明に入る前に、まずは「債券」についてみてみましょう。

債券とは「行政組織や企業といった資金の借り手側(発行体)が資金を調達するとき、貸し手側に発行する有価証券」、平たくいえば「借用証書」のことを指します(なお、書き間違いでよくある「債権」は貸し手側の権利を意味する言葉なので、債券とは異なります)。債券は「発行体(債券の発行元)」「利率(クーポンレート、または単にクーポン)」「償還期限(返済期限)」の三要素で構成されています。

また、同じ有価証券である株券と債券の主な違いとしては以下のようなものがあります。

有価証券としての「債券」と「株券」の主な違い
  債券 株券
発行体 国や地方自治体、企業など 企業(正確には株式会社)
値動きと
売買
利回りによって動き、債券市場で取引される 業績への期待感で動き、
株式市場で取引される
保有者の
権利
債権
(利息を受け取る権利など)
株主権(経営参画に代表される「会社の所有権」など)
発行体から
保有者に
対する義務
返済義務がある(償還期限=
返済期日が定められている)
ない

三要素のうち「発行体」について補足すると、まず、発行体が異なると債券の名称も異なります(国なら「国債」、企業なら「社債」)。

そして、債券を買うということは「お金を貸し付ける」のと同義なので、債券を買ってもらった発行体は償還期限までに返済する義務(債務)を負います。仮に、発行体が返済できなくなってしまったら「デフォルト(債務不履行)」という状態になり、債券を買った人は損を被ることになります。

ですので、買い手側からすると「この発行体は借したお金を本当に返せるのか?」という信用面が気になるところです。そこで、発行体の信用を客観的に評価するために「格付機関」と呼ばれる国内外の民間会社が活用されています。

それぞれの格付機関によってランク付けの基準や呼称は異なりますが、債券の買い手はこの格付をもとに「投資先として適するかどうか」を判断します。

たとえば、2017年1月に巨額損失が数千億円まで膨らむことが報じられた東芝(6502.T)は、株価を大きく下げると同時に、同社の社債に対する格付けを下げられ、債券市場における信用も失いました。

また一般に、信用力の低い債券は利率が高く、信用力が高まるにつれて利率は低くなっていきます。これは「返済に関する信用力が乏しい(=リスクが高い)なら、せめて利率を高く設定しないと誰も買わない」という単純な理由によります。

利回り(金利)が下がると、債券の価格はどうなる?

前ページの表にあるように、債券は「債券市場」で売買されます。そのとき、売買価格は「利回り」と呼ばれるものに左右され、「債券の売買価格が上昇すると、利回りは低下する」というように、利回りと債券価格は負の相関関係をもちます。

ちなみに、ところによっては利回りという言葉ではなく「金利と債券価格は負の相関関係にある」という説明がされている場合があります。このときの金利とは広義の「市場金利(参考)」を指すので実態としては同じことです。しかし、厳密な言葉の意味は異なるため「利回り」を用いたほうが正確な表現となります(参考:利回りと金利の違い)。

そして、利回りと債券価格が負の相関関係を持つ理屈は、以下の理由によります(ここでは話を簡単にするため、利率は固定かつ単利とします)

  • 債券が償還されるときは、元本に加えて利率に応じた分の利息がもらえる
  • 価格が下落した債券を買った人は、償還時に下落前の元本との差額+利息を安く手に入れられる(上昇時は逆)
  • 「元本との差額と利息を安く手に入れられる」ということは、債券の入手額に対する利益率が相対的に上がることを意味する。つまり、「利回りが上昇した」ことになる

計算で導くと、以下のようになります。

仮に、償還まで1年、クーポンが年2%の債券が、額面100円に対して100円で取引されていたとしましょう。この場合、償還まで保有した場合の利回りは次の計算式で求められます。

{2円+(100円-100円)/1年}÷100円=0.02=2%

このように、償還まで保有した場合の最終的な債券の収益率を「最終利回り」といいます。よく新聞などで「日本の長期金利が……」という場合の長期金利は、10年国債の最終利回りを指しています。

では、債券価格が額面100円から97円になったらどうなるでしょうか。

{2円+(100円-97円)/1年}÷100円=0.05=5%

このように債券価格が下落すると、最終利回りは上昇します。次に、債券価格が額面100円から103円になった場合を計算してみましょう。

{2円(100円-103円)/1年}÷100円=-0.01=-1%

この場合、マイナス1%となりましたが、以上の計算式から、「債券価格が下落すると利回りは上昇し、債券価格が上昇すると利回りは低下する」ということが、おわかりいただけたかと思います。

(『本当にわかる債券と金利』大槻奈々/松川忠 著、P.20-21より。一部編集)

債券市場の参加者のなかには、このような関係をもつ利回りと債券価格の変動を予測し、利益を得るべくトレードをしている人もいます。そして、金利の変動は、2016年9月に日銀が新たな金融緩和策の枠組みとして発表した「長短金利操作付き緩和(イールドカーブ・コントロール、YCC)」の根幹でもあります。

イールドカーブとは何か? なぜコントロールするのか?

ここで「イールドカーブとは何なのか?」「なぜ、コントロールする必要があるのか」という疑問を持っている人も多いことでしょう。では、イールドカーブとは一体何を指すものなのか、なぜコントロールするのかについてみてみましょう。

まず、イールドカーブとは横軸に年月(債券の種類)を、縦軸に金利をとり、それらをつないだ線のことです。債券にはオーバーナイト(翌日に返済する債券取引)から40年と、償還期限の長短によって多数の種類があり、それぞれで金利が異なります。下図がその一例です。

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縦軸のbps(basis points)は金利単位。0.01%=1bps(『本当にわかる債券と金利』P.114より)

債券は基本的に、償還期限が長くなるほど資産としての流動性(=換金のしやすさ)が低くなり、将来の金利変動の影響を受ける可能性が高まることによってリスクも増大するため、短期債券よりも長期債券の金利は高くなります。

この理屈は「流動性プレミアム仮説」と呼ばれるイールドカーブを形作る理論のうちの1つです。上図(2016年1月の日本のイールドカーブ)も、長期になるにしたがって金利も高くなっており、このような曲線を「順イールド」と呼びます。

さて、「順」と呼ばれるカーブがあるからには、当然「逆」と呼ばれる形状をとるときもあります。

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『本当にわかる債券と金利』 P.116より

この図は1989年6月におけるアメリカのイールドカーブです。当時のアメリカ経済は過熱気味に推移していたため、政策金利を引き上げることで短期金利が上昇。一方の長期金利は、金融引き締め策による景気鈍化が見込まれたため低下し、イールドカーブは上図のような形となりました。

先に挙げた「流動性プレミアム仮説」以外にも、イールドカーブを形作る理屈は多々ありますが、一般的に「将来的な金利上昇(景気回復の織り込み)が見込まれるときは、右肩上がりの順イールド」を、「将来的な金利低下(景気減速の織り込み)が見込まれるときは右肩下がりの逆イールド」といった形状をとります。

ですので、イールドカーブをコントロールするということは、ひいては「金利をコントロールする」ということを意味します。というのも、長く続いた日銀による極端な金融緩和は、国債(とりわけ長期国債)の金利を下げつづけ、銀行や生保、年金基金などの収益を圧迫してきた事情があります。

とくにマイナス金利の導入後、その流れは加速しました。償還期限前に売買してキャピタルゲインを狙うならともかく、投資家は基本的に利回りがマイナスの債券を買うことはありません(償還まで保有すると損をするため)。そこで、まだ利回りがプラスだった15~40年の長期債券を買う動きが活発化し、債券価格が上昇、すなわち長期債券の利回りまで低下していくことになりました。

そうした動きを是正し、また、銀行の収益悪化が引き起こす経済活動への悪影響を避ける。そのために「10年国債の金利が概ね0%で推移する」ように日銀が長期国債を買い入れ、金利のコントロールを目指す。これが「イールドカーブ・コントロール」の基礎的な考えになります。

金利が及ぼす経済への影響とトランプ大統領の思惑

一般的に「金利を下げると株価はあがる、金利を上げると株価は下がる」と言われています。例として金利を下げたときの流れを簡単に書くと、以下のようになります(金利上昇時はこの逆)。

  1. 金利を下げる(=債券価格は上がる)
  2. 債券よりも利回りのいい株式へ資金が動く
  3. 預金金利も下がるので貯蓄性向が低下する
  4. 貸出金利も下がるので高額消費や企業の設備投資意欲が上昇し、実体経済(=株価)が活性化する

これを踏まえて、トランプ大統領が利下げにこだわる理由を考えてみましょう。

現状、トランプ大統領の支持は「株高によって支えられている」という側面があります。しかし、折からの市場の過熱感や、中国との貿易戦争によるアメリカ経済への悪影響などにより、支持の屋台骨にぐらつきが見られるようになりました。

2020年秋に開かれるアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選を果たすためには、株高をなんとしてでも維持する必要があります。こうした事情が、米国の株価が史上最高値近辺にあるにもかかわらず、利下げを強硬に求める理由の一つと考えられています。