世界的な高級車ブランドを販売するメルセデス・ベンツUSAは、2011年頃、ある経営上の問題を抱えていました。その問題を解決するため、経営陣は改革プロジェクトをスタートさせましたが、その中でも重要な役割を担ったのが「カスタマージャーニー」でした。

「カスタマージャーニー」とは、商品やサービスの認知から購買、またその後の行動を時系列で把握するマーケティングの考え方です。企業はこれを設計すること(マッピング)によって顧客とのタッチポイント(接点)を可視化し、商品やサービスの改善や開発に活かすことができます。

メルセデス・ベンツUSAはなぜ変わらなければならなかったのか。それはどのようにして達成されたのか。書籍『メルセデス・ベンツ「最高の顧客体験」の届け方』から、同社がどのようにカスタマージャーニーを設計し経営に活かしたのかを紹介します。企業が顧客中心主義への転換を図るとき、同社の改革のプロセスから多くの学びを得ることができるでしょう。


レクサスに劣る顧客満足度

メルセデス・ベンツは、世界中で、高級車の代名詞としてのブランドイメージを確立しています。その地位は不動のようにも感じられますが、実は2011年頃、アメリカ法人であるメルセデス・ベンツUSAはある問題に直面していました。同社のリーダーたちはすでに問題に気がついていましたが、外部の調査会社によっても明らかにされたことで、危機感はより強く感じられるようになっていきました。

その問題とは同社のサービスについての顧客満足度に関するものでした。ある調査会社が、メルセデス・ベンツUSAの販売店のセールスやサービスに対する顧客満足度は、高級自動車メーカーの中位から下位である、と結論付けたのです。

つまりメルセデス・ベンツUSAは、“最高”の車を販売しているにもかかわらず、その顧客体験は“最高”ではなかったのです。

当時のアメリカの高級車市場におけるメルセデス・ベンツのライバルと言えば、トヨタ・レクサスです。レクサスの販売店は、「お客様を自宅に招いたゲストのようにもてなす」という徹底した顧客重視のサービスで存在感を高めていました。

一方でメルセデス・ベンツの販売店のサービスは、「この車を買えることを感謝すべきだと言われているような気がした」と証言する顧客がいたように、親切さや温かみに欠けるものでした。もちろん、すぐれたサービスをする販売店もあったのですが、サービス、接客のレベルが不均一なことに問題がありました。

そこで、2012年1月に社長兼CEOに就任したスティーブ・キャノンと経営陣は、ライバルとの競争に勝つため、この問題の改善に最優先で取り組むことを決意しました。それは、製品優先であった従来の企業文化を、顧客の視点から全面的に捉え直す、簡単とはいえない挑戦です。