認知バイアスに捉えられるスーパー経営者

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どんな有能な経営者でも「認知バイアス」から逃れるのは簡単ではない

人間は、知識、記憶、学習、思考などの認知活動だけでは決断を下すことができません。認知活動は、他に働きかける行動、すなわち戦略を実践するためには役に立たないのです。なぜなら、行動を起こす、つまり決断を下すには感情を必要とするからです。ここでの認知活動に対する人間の慢心とも言える錯覚、それが本書のキーワードのひとつ、「認知バイアス」というものです。

一流企業の頭脳明晰であろうエリート経営者が、なぜ、同じ間違いを繰り返すのか? 米国ビジネススクールの著名な学者によって書かれたビジネス書を熱心に読むエグゼクティブたちが、なぜ?

その理由を言うのは別に難しいことではありません。ほとんどの経営論、ビジネス書は、読者が論理的に考えたうえで意思決定を下すことを前提として書かれているからです。戦略は確かに論理の世界ですが、それを実行するかどうかの決断は、論理・理性だけでは決められないのです。決断に対して大きな影響力を持つのはむしろ、過去の経験、成功体験から生まれたしがらみ、プライドや功名心、執着心といったような要素です。つまり、過去に輝かしい実績のある、論理的で優秀な経営者であるほど、失敗を犯す可能性が高いのです。彼自身が、自分の行動がすべて理性によって律せられていると思い込んでいる限りにおいて。
 
以上が「逆説の経営論」というタイトルを冠することも可能な本書の概要です。

「多様性とグローバル」議論への反論

「はじめに」で、著者は次のような問い掛けをしています。   
・ 「女性が輝く社会」という化粧品会社の宣伝みたいなスローガンで、女性の社会進出促進活動が活発です。でも……
・ グローバルな時代だというのに、若い世代が内向きで困る。海外に留学する学生の数は減る一方だ……と嘆くのは、前の世代の考え方…

これは第4章、第6章に関わる論点で、昨今、社会や組織の多様性(ダイバーシティー)がやかましく言われるのですが、「それを主張するリーダー(男性が圧倒的に多い)こそ、多様性のなかで揉まれているのか?」という疑問を呈しているのです。「女性が輝く社会」は女性活用というアベノミクスの旗印のひとつとして当初、数人の女性閣僚を配することで大いにPRされましたが、どこに落着したのかは周知の通りでしょう。

また「現代の若者は内向きである」という主張に対しては、真っ向から異を唱えています。これは「若者が冒険心を失い、かつて(高度成長期)のようなダイナミズムを失ったニッポン」という物語が単なるフィクションであり、前の世代の「昔はよかった」というノスタルジーに過ぎないということを説いているのです。ここで喝破された世代論は、大企業事例が満載の本書において中小企業への期待のメッセージに接続されています。詳しくは本書をお読みください。

ビジネスパーソンとしても、マーケティング、ビジネス評論のジャンルでも不動の地位を築いてきた女性であるルディー和子氏による本書は、ビジネスを論じることが人間らしい暮らしと働き方をスポイルしてきた歴史に鉄槌を加えているとも言えるでしょう。ある非公式の場で氏はこう述べています。

これまでの経営論はほとんどすべて男の経営者目線でなされてきた。「女性の活用」などのキャッチフレーズを見れば、それが少しも変わっていないことを痛感する。しかし、「女性が輝く社会」とまで言うのならば、女性が書いた経営論も大いに読む意味があるのではないか? 本書がその価値を備えていればよいのだが。