優れた経営者の優れた戦略が失敗するのはなぜか──経営における「6つの逆説」に切り込んだ、ルディー和子著『合理的なのに愚かな戦略』が好調に増刷をかさねています。多くのビジネスパーソンに刺激を与えた本書を担当した編集者が、本書のテーマを解説します。

『合理的なのに愚かな戦略』の“戦略”

本書に登場するのはほとんどが上場有名企業で、おもに「愚かな戦略」の事例として取り上げられています。それらののなかには、現在は業績が好転し、「優れた戦略」の典型として語らてもおかしくはない企業もあります。しかし、こうした推移や趨勢をまるで予想屋のように当った、外れた、あるいは「結果論だから」という具合に読むのは本書の意図(戦略)ではありません。

目次を一瞥すればわかるように、本書は経営における「6つの逆説」を柱として構成されており、“おもてなし”に象徴される「顧客志向」、牛丼チェーンやハンバーガー・チェーンの実例が記憶に新しい「プライシング」といった様々な経営ファクターにおいて、経営者の当初の目論見や思い描いた戦略シナリオがことごとく逆目に出る事態を抽象化して説いたものです。したがって事例はすぐに古くなりますが、読者がそこに普遍的な構造を読み取れるような戦略を取っているのです。
本書のこうした“戦略”が愚かな結果に終わったのかどうかは、読者の皆さんの判断に委ねます。

論理やデータ分析に導かれた「戦略」が最強と言うわけではない

わたしたちは、ソニーやシャープ、日立といった日本を代表する企業、また資生堂や吉野家のように老舗、新興を問わない優良企業が、重要な経営戦略ファクターでつまずき業績が低迷する例を、これまで数多く見てきました。こうした失敗や失速の原因としては、過去の成功体験から脱却できなかった、過去のしがらみに囚われていたといった、どれもこれも人間の感情に深く関係するものばかりが浮かび上がります。リスクテイクを嫌い、現状維持をこととするのは、人間の本性とも考えられるのではないでしょうか。

経営やマーケティングの戦略と言えば、ビッグデータを集積し、高度なスキルと幅広い教養を身につけたであろう経営者が、ブレーンや他の経営陣と議論を重ねたうえで論理的に熟考して決定していると考えるのが普通でしょう。

しかし、どうやらそれは違うようです。なぜなら、机上の戦略策定とそれを実行に移す意思決定は、まるで異なった性質の人間活動に属する事柄だからです。

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