人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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楠本稲荷神社

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2018/01/30 10:07

27日、神戸のNHK文化センターでテレビ番組「日本人のおなまえっ!」絡みで名字に関する講演を行い、番組内では触れていない名字と姓の関係などについて話をしてきた。

この日は関ヶ原~米原付近の雪で新幹線が乱れていたことから、かなり早めに家を出たので、講演前に小雪のちらつく中、会場近くの湊川神社を訪ねてみた。

minatogawa

JR神戸駅のすぐ近くにある湊川神社の創建は意外と新しく、明治5年のこと。祭神は南朝の忠臣として知られる楠木正成で、正成は湊川で足利尊氏と戦って敗れ、弟の正季とともに自刃した。

以後、その墓は長く埋もれていた。江戸時代に史書の編纂を始めた黄門様こと徳川光圀が、家臣を諸国に派遣して史跡を探訪させた際、佐々宗淳(十竹、助さんのモデル)によって再発見された。南朝を正統とする光圀は、自ら「嗚呼忠臣楠子之墓」と揮毫して墓石をつくらせたことから、正成の墓は注目を集めることになったものだ。とくに幕末には多くの尊王の志士が訪れたという。

その湊川神社の境内の一角に、ひときわ異彩を離っている場所がある。それが楠本稲荷神社だ。湊川神社建立以前からあったといわれ、稲荷神社特有の重なる鳥居を抜けると、こじんまりした祠の中に多数の赤い提灯がびっしりとぶらさがった不思議な空間が広がっている。

kusumototorii

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