人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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調所広郷のルーツと子孫

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2018/01/23 09:38

竜雷太氏演じる調所広郷(画像は「西郷どん」公式サイト・登場人物のページよりキャプチャ)

大河ドラマ「西郷どん」で、汚名を背負って自殺した調所広郷。調所広郷は島津斉彬の曾祖父重豪の残した500万両に及ぶ莫大な借金を無利子250年分割という強引な手法で解決しただけではなく、黒糖の専売や琉球との密貿易を行って藩に200万もの蓄えを築いた。

そして、このことが発覚すると攻めを一身に背負って自殺したわけだが、財政破綻寸前の薩摩藩が戊辰戦争では雄藩として活躍できたのも、調所の手腕で得た財力があったからこそで、近年は評価の見直しが進んでいる。

この「調所」という名字は難読である。「調所」とは平安時代の国衙(国司が政務をとる役所)にあった在庁官人の役職名で、税金の1つ「調」の徴収などにあたった。この調所を世襲したために名字としたもので、薩摩の調所氏は藤原姓という。

大河ドラマに登場した調所広郷(笑左衛門とも)は、川崎家から調所家の養子となったもので、この調所家は分家筋にあたる。茶坊主から出世して藩の財政を一手に仕切り、ついには家老にまでなったという立志伝中の人物でもあった。

なお、広郷の三男広丈は調所本家を継ぎ、維新後は元老院議官、高知県知事、鳥取県知事を歴任。明治33年には男爵を授けられたが、名字の読み方を「ずしょ」から「ちょうしょ」に変えている。

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