人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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苗字制定記念日

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2017/02/13 10:07

私はだあれ?(photo by adrian_ilie825/fotolia)

今日2月13日は「苗字制定記念日」である。明治8年2月13日に、明治政府が「平民苗字必称義務令」という太政官布告を出し、すべての国民に名字を名乗ることを義務づけたことに由来するという。

今でも、「江戸時代に名字を持っていたのは武士だけ」のようなことを書いている書籍やネット情報は多いが、これは明確な誤り。古くは室町時代に農民達が名字を名乗っていた資料もあり、江戸時代には農民にも広く名字の使用が広がっていたのは周知の事実である。

わかりやすい例でいえば、俳人として知られる小林一茶。「小林」という名字の非常に多い長野市の出身で、彼も「小林」という名字を名乗っている。しかし、一茶の家は農家である。実際、江戸時代の農民の墓には名字が彫られていることが多い。

正確には、江戸時代は武士や貴族以外は公式に名字を名乗ることを禁止されていた。従って、公式記録には一切登場しないが、日常生活では名字は使用されていた。もちろん100%名字があったわけではないが、少なくとも自作農の大部分は名字を持っていたと思われる。

江戸時代以前は国の管理する戸籍はなく、名字は自由に変えることができた。明治政府はすべての国民に対して戸籍に名字を登録させ、以後変更することを原則禁止として一元管理を目指したのだ。

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