人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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中伊豆を歩く(4) 天野遠景と天野さんのルーツ

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2016/11/28 13:27

山木兼隆を討って反平家の狼煙をあげた源頼朝のもとには、東国各地から続々と武士たちが終結してきた。彼らは源氏の一族だけではなく、他の氏族や平氏の一族も多かった。

最初の挙兵に参加した天野遠景も、源氏ではなく藤原氏の一族である。天野遠景は藤原南家の末裔。藤原南家の子孫は伊豆に住んで武士となったものが多く、遠景も伊豆国田方郡天野郷(伊豆の国市天野)に住んで「天野」を名字とした一族だ。

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天野遠景の墓

天野は田京駅から北西に500mほど歩き、大門橋で狩野川を渡ったところから北に向かって広がる狩野川左岸の平野部だ。山沿いをまっすぐ北に5分ほど歩いたところには北条時頼が開基したという最明寺があるなど、北条氏に隣接する所領を持つ武士だった。

頼朝が天下をとると、天野遠景は鎌倉幕府で重用され、子孫は遠江・安芸・武蔵・能登など各地に広がって全国の天野さんのルーツとなった。なかでも、遠江と安芸の天野氏は戦国時代まで続いて戦国大名となり、安芸天野氏の一族は毛利元就の子を養子に迎えて右田毛利氏と名乗り、江戸時代には長州藩主の一門に連なっている。

狩野川の近くの高台には、天野一族の墓と伝える五輪塔がある。

gorin

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